神の存在証明

さて、こちらの記事は前回の「神の視点」という記事で述べた疑問から発展した内容となっておりますので、お読みでない方は先に読まれる(というほどの文章量でもありませんが)事を推奨します。

※まずはじめに、私の神の定義は「この世界を創造し、観測しているもの」のことであり、全知全能ではありません。

その前提で、話を進めていきます。

またこちらの記事は、量子力学における「二重スリット実験」の結果、私が辿り着いた答えになります。

二重スリット実験についてご存知でない方は、まず動画を見て頂く必要があります。

私が参考にしたのはこちらの動画になります。

こちらの動画を見ていただいた上で、その結論を述べたいと思います。

さて、結論を述べます。

物質の正体。

それは・・・

「時間と空間である」

です。

◎波は「時間」の状態、粒は「空間」の状態

さて、この世界は「時間と空間でできている」と言い表すことができるかと思います。

そして全ての量子(=物質)は「時間と空間の中に存在している」と、言えるかと思いますが。

これはつまり「時間と空間の情報を量子(=物質)は元々持っている」と、言い換えることもできるかと思います。

その座標に存在するという事自体が、情報な訳です。

…ですが、こう考えてみますと、そもそも「時間と空間」が存在している場所に、物質も同居している、存在している…という方が、本質的に、おかしいような気もするのです。

なぜなら、この世界の最小単位が量子であり、物質であるならば。

時間と空間も物質であるはずだから。

で、あるならば。

「物質(=量子)とは時間と空間である」という事なのではないか?

という仮説が成り立ちます。

そして。

二重スリット実験で、観測されなかった時は「波」そして観測された時は「粒」である。

というこの状態。

我々が結果として見た「干渉縞」は。

「時間」を見てしまった。

という事ではないか?

そして観測された時は「粒」。

これは「空間」を見てしまった。

という事では?

…さらに、話は続きます。

そして観測していなかった時「時間」は「波」であり、広がりを見せますよね?

これはつまり「未来が波のように広がっている」事を示しており。

観測した時は「空間」は「粒」となり、集約するという事は。

「観測する事によって一つの未来に固定される」

という事になるかと思います。

つまり「量子」は「時間と空間」であり。

観測されるかされなかったかで、その性質を「波か粒」に常にスイッチングしていて。

観測されない時は「波のように広がる時間の性質」観測された時は「一点に集約した空間の性質

」になる事を何度も繰り返し、波のように広がる未来を観測される事によってその都度固定していく。

とどのつまり「観測しない時、未来は波のようにたくさん存在するが、観測する事によって、一つの未来に集約する」

結論です。

「未来は複数存在し、我々はその一つを選んでいるに過ぎない」

です。

そして、重要なのは「選んでいる」という部分です。

観測するかしないかで結果を変えられるのであれば。

「我々は選択次第、行動次第で結果を変えられるように、この世界はできている」

という事になります。

※干渉縞ができるのは「スクリーンに接触する」という物理的な行為(いわゆる観測)によって、接触時点で「未来が確定した」という事です。スリットを通る前に観測した場合、未来が固定された状態でスクリーンに接触していますが…そのままスクリーンの距離を離したらどうでしょう?どこかのタイミングで波の性質に戻るのでは?と予想します。逆に言うと、観測し続けた場合は粒として振る舞うのだとは思いますが…距離や観測の条件が気になる所です。

(これにて「量子もつれ」も、不可解な現象ではなくなります。時間と空間の結びつきが強いもの同士なわけですから、瞬時(時間)にどれだけ離れていても(空間)影響して当然と言えるでしょう。)

……まだ終わりではありません。

量子が「時間と空間」であるならば。

今現在、この世界で何が起こっているのか。

その全てを「観測できてしまう」という事です。

そして、その量子、この世界を作ったのは誰でしょう?

…結論です。

「神は存在する。そして、この世界は観測する事ができるように作られている」

以上です。

◎補足と考察

物質の正体は時間と空間である。

この部分、大筋は合っていると思います。

しかし。

非常に難しい問いがあります。

それは、我々は「空間」を観測しているのか?それとも「時間」を観測しているのか?です。

まず前提として、未来が変わる条件は二種類あります。

「時間が変わった場合」

「空間が変わった場合」

10時に駅にいた未来があったとします。

11時に駅にいた場合も。

10時に家にいた場合も。

どちらも、未来が変わったと言えます。

当記事では、「波」が時間「粒」が空間である、とお話ししましたが。

実は「波」が空間「粒」が時間でも成り立ちます。

波のように広がる空間から、時間(スクリーンがその「時間」に存在している)を観測する事によって、未来が決定された。

どちらでしょう?

「空間」と言えば、目に見えるもの、と思いがちですが・・・

実際には「時間」と同じで概念でしかありません。

ですので、後述した解釈でも、筋が通っています。

あるいは。

もっとシンプルに、時間と空間は同一のもの、として扱っても良いのかもしれません。

波は「確定していない未来(時間+空間)」粒は「確定した未来(時間+空間)」

我々が「時間」と「空間」という概念を分けて認知しているだけで、実は一体化した一つのものであった。

という可能性も考えられます。

つまり「時間と空間」は「重ね合わせの状態にあるもの」なのか「時間と空間で一つ」なのか?

どちらでしょう?笑

個人的には、一体化していると可能性の幅が狭まる気がして、分けた方が正解に近いような気もしていますが、それにしたところで、時間と空間どちらを観測しているのか?という問題にもなります。

ここの部分は、今のところ、はっきりとした結論は出ていません。

一考の余地あり、です。

◎追記

図示します。

従来の捉え方

この記事の捉え方

頑張った末にすごく分かりづらい感じになってしまいましたが・・・前に進みます。

この円の一つ一つが量子で、実際には「隙間なくびっしり」埋まっている状態です。

要するに、時間と空間は量子がそれぞれ持っている個別の情報であり。

我々が認識していた「時間・空間」という概念は、相対的なものだった、という感じです。

(アインシュタインの相対性理論もそういう感じのお話だったように思います。辻褄はあっているのではないでしょうか?)

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